1993年、イギリス郊外に家族7人で暮らすジョアンナ(ビーニー・フェルドスタイン)は、底なしの想像力と文才に長けた16歳の高校生。貧しくも優しい両親や兄弟に囲まれているが、学校では冴えない子扱い。あふれる表現欲求や自己実現を持てあまして悶々とした日々を送っている。
「わかってる。定番のヒロインと私は全然違うよね」
そんな環境を変えたい彼女は、音楽マニアの兄クリッシーの勧めで大手音楽情報誌「D&ME」のライターに応募。単身で大都会ロンドンへ乗り込み、仕事を手に入れることに成功する。
そして大切な髪を赤く染め、奇抜でセクシーなファッションに身を包んだジョアンナは“ドリー・ワイルド”へと生まれ変わり、ロックの世界に引き込まれていく。音楽ライターとしてその才能を開花させ人気者となったジョアンナだったが、インタビュー取材で出会ったロック・スターのジョン・カイト(アルフィー・アレン)に夢中になってしまい、冷静な記事を書けずに大失敗。
「生き残りたいなら、全て蹴散らせ!」という編集部のアドバイスにより“いい子”を捨て、“嫌われ者”の辛口批評家として再び音楽業界に返り咲くジョアンナ。過激な毒舌記事を書きまくる“ドリー・ワイルド”の人気が爆発する。地位と名声、お金も手に入れるが、しかし彼女はだんだん自分の心を見失っていき……。
主人公のジョアンナ・モリガン役の選出はこの企画で最も重要な課題だった。19世紀の古典文学(ジェーン・オースティン、ブロンテ姉妹など)に心酔している16歳の無垢な女の子が、ド派手なロック好きに大変身する。そんなヒロインを演じる役者を見つけるのは簡単ではない。
キャスティング・ディレクターのシャヒーン・ベイグは英国中を探したが、結局求めていた適役は海の向こう――アメリカ西海岸で見つかった。それがビーニー・フェルドスタインだ。監督のギェドロイツは言う。「ちょうどキャスティングをしている時に公開されたグレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』(17)で、ビーニーは主人公の親友を演じていた。映画を観ても彼女に釘付けだったわ。早速スカイプで連絡を取ったの。」
ジョアンナの人物像を掴み、方言を習得するため、ビーニーは主人公が暮らす(つまり原作者モランの地元である)英イングランド中部の街、ウルヴァーハンプトンにしばらく滞在してアルバイトをした。「ほかでは全然通じない固有のアクセントでびっくりしちゃった。お店でバイトしたのは一生忘れられない時間になったわ。その店って、25人の地元の女性アーティストが運営しているフェミニストの理想郷みたいなところなの。アーティストたちの作ったジュエリーやカードやブレスレットを置いてあって、毎日日替わりでいろんな作家さんがお店にいる。いろんなアクセントの方言を習得できたし、ウルヴァーハンプトンで成長するというのがどういうことか、多角的に知ることができた。アーティストたちとは今もフェイスブックで繋がっているわ。」
原作者キャトリン・モランもビーニーを絶賛する。「最初、彼女とはディナーで会ったんだけど、ビーニーったら真面目でね。脚本やメモを入れた大きなフォルダーを抱えてきて、そこに質問をびっしり書いてあるわけ。私が書いたのって下ネタ満載の笑える映画の脚本じゃなかったっけ?と焦ったわ。彼女は本当にデキる子だし、カメラ映りもよくて、ウルヴァーハンプトン出身のディズニー映画の王女様みたい。」
チャーミングな主演を取り巻くキャストには最高の実力派が揃った。ジョアンナを虜にする労働者階級のヒーロー、誠実なロック・スターのジョン・カイトを演じるのはアルフィー・アレン。HBOのドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』(11~19)のシオン・グレイジョイ役で人気爆発し、全8シーズンの撮影を全うした。極めて多才な、イギリスを代表する若手俳優である。
ジョアンナを見守る優しい家族たち――モリガン一家のキャスティングもまさにパーフェクトだ。元ミュージシャンで、娘ジョアンナの良き理解者であり、まだプロとして成功する夢を捨てきれない父親のパット役は、監督・脚本家としても評価の高いパディ・コンシダイン。初監督作『思春期』(11)では英国アカデミー賞新人監督賞をはじめ、数々の受賞に輝いた。もちろん俳優としても『24アワー・パーティ・ピープル』(02)や『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(07)など多数の人気出演作がある。母親アンジー役のサラ・ソルマーニは、『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモデ期』(16)でレネー・ゼルウィガー演じる主人公の親友ミランダ役でよく知られている。そして鮮やかな印象を残す聡明な兄のクリッシー役は、ザ・スミスのボーカリストであったモリッシーの伝記映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー、はじまりの物語』(17)でギタリストのジョニー・マーを演じた注目の新星である。
さらに映画の終盤、まるでサプライズのようにジョアンナを作家の道に導く出版・編集のボスとして登場するのが、オスカー女優のエマ・トンプソンだ。『ハワーズ・エンド』(92)で1993年のアカデミー主演女優賞を受賞。そして優れた脚本家でもある彼女は、主演を兼ねた『いつか晴れた日に』(95)で1996年のアカデミー賞脚色賞を獲得している。
原作者で脚本を手掛けたモランは、撮影現場でのトンプソンの印象的な振る舞いをこう表現する。
「彼女、高級店のチョコレートの箱を持ってセットにやってくると、みんなにチョコをふるまって回ったの。エマ・トンプソンって、そういうことが自然にできる人なのよね。彼女がセットに来た日は“エマ・トンプソンの日”として知られているわ――もう、まるで聖人よ!」
「この映画は1993年が舞台で、最初はそんなに遠くない時代だなと思うんです。でも実際には25年も前で、すべてが今とはかなり変わっているのです。カトラリーやお皿、写真、洗濯機など……そのため当時のことを細かくリサーチしました。」
そう語るのはプロダクションデザイナーのアマンダ・マッカーサー。彼女は今回の映画のために75ものセットを作った。これは通常の映画の1.3倍に相当する。
その中でマッカーサーの着想と手腕が最も活かされたのが「GODWALL」(神の壁)である。ジョアンナにとっての神々――歴史上の偉人たちのピンナップを壁一面に貼った彼女の寝室。女優のエリザベス・テイラー、作家のブロンテ姉妹やシルヴィア・プラス、歌手のドナ・サマー、古代エジプトの女王クレオパトラ、精神科医のフロイト博士、思想家のカール・マルクス……彼らがピンナップの中で生命を持って動き出し、迷えるジョアンナを口々に励ましてくれる。これは原作にない映画オリジナルの設定だ。
マッカーサーはこう語る。「GODWALLはとてもエキサイティングです。最初にこの映画を売り込んだ時、私は神の壁の小さな模型を作ったんです。それを監督のコーキーが気に入ってくれたのだと思います。コラージュのようなものですが、歴史上の偉人たちが生命を宿してしゃべりだすのですから、とても面白かった。」
監督のギェドロイツは、このジョアンナの内面とコミュニケーションを取る神々に、観客も馴染みのある有名俳優たちをキャスティングすることにした。「シャーロット・ブロンテ役は私の妹のメルなんだけど(笑)、それを皮切りに、エリザベス・テイラーにリリー・アレン、フロイトにマイケル・シーンと、みんなが『この人知ってる!』って具合に楽しめる俳優たちにお願いしていったの。」
本作の物語は、キャトリン・モランが16歳の時、『メロディ・メイカー』誌でジャーナリストとしてのキャリアを始めた際の実話がベースになっている。1993年、労働者階級から脱出してより良い人生を掴みたい16歳のジョアンナ・モリガンは辛口音楽ライターのドリー・ワイルドとして大成する。
物語の背景となっているのは1990年代初頭のUKロックシーンだ。映画の中でテレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演しているハッピー・マンデーズは、マイケル・ウィンターボトム監督の『24アワー・パーティ・ピープル』(02)でも描かれた「マッドチェスター」というマンチェスター発の音楽ムーヴメントの代表バンド。
また劇中でジョアンナが初めて取材し、その音楽とライヴ・パフォーマンスに魅了されるのがマニック・ストリート・プリーチャーズ。今も現役で活躍するこのウェールズ出身のロックバンドは、当時「お騒がせバンド」として有名だった。インディーズ時代に「デビューアルバムを世界中でナンバーワンにしたあと、解散する」という大胆な声明を出し、1992年にデビューアルバム『ジェネレーション・テロリスト』を発表(UKチャート13位)。熱狂的ファンを獲得したが、あっさり解散宣言を撤回したことでさらに物議を醸し出した。だが93年には2ndアルバム『ゴールド・アゲインスト・ザ・ソウル』を発表し、UKチャート8位まで上昇する。
ちなみにこの映画の物語のあとで巻き起こるのが「ブリットポップ」ブームである。オアシスがデビューし、ブラーが名盤『パークライフ』を発表した1994年を皮切りに続々と新人バンドが登場。1995年8月には両雄バンドのシングル、オアシスの「ロール・ウィズ・イット」とブラーの「カントリー・ハウス」が同日発売。そのライバル関係をメディアが煽る形で「オアシス vsブラー戦争」と名づけられた。まだインターネットが普及する以前、マスメディアのジャーナリズムは絶大な力を持っており、ミュージシャン側と共に、時には敵対しながら音楽シーンを盛り上げていたのである。